長崎地方裁判所平戸支部 事件番号不詳〔2〕 判決
主文
被告人を懲役四月に処する。
但し本裁判確定の日より二年間其の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
被告人は長崎県北松浦郡鹿町町所在の高倉鉱業株式会社平田山鉱業所の従業員で三岳平田山労働組合員である。同組合に於ては昭和二十四年十二月同会社がその従業員に対して越冬資金を支給しなかつたために組合員中に年末年始の主食に困るものが生じた事より、昭和二十五年一月四日会社側に対して主食の掛売をして呉れるよう要求したが、相手方の容るるところとならなかつた。此の事に憤慨した被告人外七名の従業員は、同月六日坑内で作業中であつたのにかかわらず、会社側に対して直接交渉を為すべく昇坑して来たところ、会社側は職場離脱を理由に即日同人等を解雇する旨発表した。此の事を知つた片山虎雄外十六名の従業員は、会社のかかる行為を不当として解雇の撤回を叫んで坑内に居据り、又一方組合幹部に於ても右解雇の撤回方を会社側に要求したが、相手方は右解雇は労働協約に基いて為したものであるから正当であると主張して是を拒絶した上坑内に居据つた片山外十六名の従業員等をも解雇する旨発表した。組合側は会社側のかかる態度に痛憤して同月八日午前五時頃会社側に対して闘争宣言を発してストに突入するに至つた。爾来種々の争議行為を繰返し、又労資双方の幹部は連日殆ど昼夜を分たず接衝を重ねて争議の解決に努力して来たが容易に妥結に至らず、双方の感情は益々激化して紛争を続けたが、昭和二十五年一月十二日予て団体交渉場として使用していた鹿町町所在の平田山鉱業所職員倶楽部に遇々組合側より連絡員として派遣されてその附近を徘徊していた甲斐耕一を同鉱業所職員山本徳美外一名が同所附近に於て棍棒を以つて殴打負傷せしめた事があり、該事件が右山本等が甲斐を竊盗犯人と誤認してこれを逮捕すべく加えた所為であつたのにかかわらず、連日の争議に激昂していた被告人片山虎雄、同西山繁造等は約三百名の組合員と共に同日午後十時頃会社側の不都合を鳴らして会社側幹部が詰めている右倶楽部に押寄せ倶楽部の玄関前、炊事場前等に蝟集して倶楽部に向つて怒号し、或は器物を毀し等して喧騒した。このような情勢の下にあつた同月十八日会社側代表谷口秋義、古谷達三郎、柴戸光一、工藤正信、大久保正郷等と労組代表約七、八名とが団体交渉場である鹿町町平田山鉱業所職員倶楽部に於て交渉を為しているとき、同日午後三時頃被告人は組合員約三百名と共に右倶楽部を包囲してデモを掛ける等気勢を挙げておつたが、会社側代表を畏怖せしめて交渉を組合側に有利に導く目的の下に右倶楽部東側板塀の外側より倶楽部に向つて「団体交渉委員に告げる、決死隊長として一言いうぞ、決死隊はいよいよ行動を開始する、交渉は打切れ」と大声に叫んで暗に会社側代表に於て組合側の要求に応じなければ前示会社側代表者等に対してその生命身体、又は財産等に危害を加えるべきことを示して多衆の威力下に同人等を脅迫したものである。
(証拠略)
(適用した法律略)
弁護人は被告人の本件所為は相手方に対して畏怖の念を生ぜしむるに足る害悪を告知したものではないから、脅迫罪を構成しないと主張するけれども、害悪の告知は具体的な事実を示して危害の程度範囲を明にする要はなく、刑法第二二二条列挙の法益に対して危害の及ぶべきことを意識し得る程度に示さるれば足ると謂うべきところ、判示のような緊迫した情況下に於て為した被告人の判示所為は相手方をして決死隊の行動によつてこれ等法益に対する重大な危害の到来することを意識せしむるに足るものと認むるを相当とするから右主張は理由がない。
仍つて主文の如く判決する。
(裁判官 石田憲次)